大阪市中央区に本社を置く企業「カプコン」

大阪市中央区はミナミと呼ばれる繁華街が有名です。ですがその一方で、多くの大手企業が本社を置く企業の街でもあるのです。そこでここからは大阪市中央区に本社を置く有名企業を紹介していこうと思います。多くの企業がある中で私が最初に選んだのはゲーム会社「カプコン」です。お父さん世代からちびっこまで、誰もが一度はカプコンのゲームをプレイしたことがあるのではないでしょうか。「ストリートファイター」「ロックマン」「鬼武者」、最近だと「モンスターハンター」ですね。どれもとても人気が高いゲームです。そんな「カプコン」がどのようにして成長を遂げて来たのかを調べました。

「カプコン」とは

株式会社カプコンは、大阪市に本社を置く、主にアーケードゲームやコンシューマーゲームの開発・販売を行うゲームメーカーです。アクションゲームや対戦型格闘ゲームの雄として「ストリートファイター」シリーズ、「魔界村」、「ロックマン」シリーズ、「ファイナルファイト」、「機動戦士ガンダム vs」シリーズ、「デビルメイクライ」シリーズ、「鬼武者」、「モンスターハンター」シリーズ、「大神」、「ビューティフルジョー」、「ヴァンパイア」などの傑作を多数製作している会社です。中でも1991年にアーケード用ゲームとしてリリースした対戦型格闘ゲーム「ストリートファイターⅡ」では、アーケードゲーム業界で「スペースインベーダー以来」と言われるほどの大ブームを巻き起こしました。カプコンは1979年にIRM株式会社として創業しました。アミューズメント機器のレンタル・販売を行う企業IPMの創業者でもあった辻本憲三が創業した会社でした。IPMはスペースインベーダーブームの際、社運をかけて社名を冠した「IPMインベーダー」を発表したのですが、ブームに乗り遅れてしまい、結果多くの不良在庫を抱えることになりました。その直後、IPMはアイレムと社名を変更して仕切り直しを図ろうとしたのですが、辻本は同事業に続いてオリジナルゲームの製作をしようと考えていました。しかしその考えは社内では受け入れられず、結果辻本を含む3人がアイレムを退社し、新たに会社を起ち上げることになりました。それがカプコンだったのです。ちなみに「カプコン」という社名は1981年にIRMの子会社として設立した「カプセル・コンピュータ」に由来しています。

カプコンの歴史

カプコンは上記のように、オリジナルゲームを作ることを目的に設立されました。しかし、当初は開発者こそ多く抱えたものの開発ラインが整わず、比較的安易に製作が可能だったメダルゲーム(エレメカ)で、1983年に業界に参入しました。ビデオゲームとしてはその翌年1984年発売の業務用縦スクロールシューティングゲーム「バルガス」が第一弾でした。その後、コナミから藤原得郎、岡本吉起などの「転職組」と呼ばれる人材が、現在でも名作と謳われるゲームを次々に開発していき、カプコンは徐々にゲーム会社としての知名度を上げていきます。そしてついに1991年、あの名作「ストリートファイターⅡ」が生み出されたのです。「ストリートファイターⅡ」はそれまで火の車だったカプコンの経営を安定させ、さらに「ブロックくずし」より後に創業したアーケードビデオゲーム会社としては、唯一かつ最大の大手メーカーへと成長させたのでした。カプコンのゲームの完成度は世間から高い評価を受け、一時期は「カプコンのゲームはナムコから移籍した人間が作っている」という噂がまことしやかにささやかれたほどでした。この噂は完全なデマなのですが、後に岡本はこの噂について、自分の造った作品がそう評価されるのは嬉しいと発言しています。カプコンはその後、数度の経営危機を乗り越えながら、数多くのヒット作を生み出していきます。アーケード用ゲームだけでなく、「エリア88」、「エイリアンVSプレデター」、「天地を喰らう2・赤壁の戦い」などのキャラクターゲーム、「ブレス オブ ファイア」、「ロックマンX コマンドミッション」などのロールプレイングゲーム」、「スウィートホーム」、「バイオハザード」シリーズなどのホラーゲーム、「逆転裁判」などのアドベンチャーゲームにおいても傑作を多数残しています。他の同業メーカーよりも社内の世代交代のサイクルが早いのもカプコンの大きな特徴で、2000年代以前にヒット作を手掛けたゲームデザイナー等主要な人物の大半は既に退社、独立しているそうです。開発されたゲームは日本に留まらず海外においても高い評価を得ていて、「ストリートファイター」や「バイオハザード」など海外主体で映画化された作品も存在しています。

沿革

  • 1979年5月・・・ゲーム機器の開発・販売を目的としたアイ・アール・エム(IRM)株式会社を創業。
  • 1981年5月・・・子会社である日本カプセルコンピュータ株式会社を設立。
  • 1981年9月・・・アイ・アール・エム株式会社が社名をサンビ株式会社に変更。また本社を羽曳野市に移転した。
  • 1983年6月・・・販売部門を担当する会社として、大阪市平野区に株式会社カプコンを設立。
  • 1983年7月・・・株式会社カプコンの開発第1号機としてメダルゲームの「リトルリーグ」を発売。
  • 1984年5月・・・サンビの第1作である業務用ビデオゲーム「バルガス」を発売。
  • 1985年8月・・・米国カリフォルニア州に米国法人「カプコンUSA」を設立。
  • 1985年9月・・・業務用ゲーム「魔界村」を稼働。後にファミコンにも移植して大ヒットとなる。
  • 1987年12月・・・ファミコン用ソフト「ロックマン」を発売。
  • 1989年1月・・・サンビが日本カプセルコンピュータとカプコンを吸収合併。現在の株式会社カプコンに変更となる。本社も大阪市東区(現在の中央区)に移転。
  • 1989年12月・・・業務用ゲーム「ファイナルファイト」を発売。
  • 1991年3月・・・業務用ゲーム「ストリートファイターⅡ」を稼働。一大ブームを巻き起こす。
  • 1992年・・・「ストリートファイターⅡ」をスーパーファミコンに移植。こちらも大ヒットとなる。
  • 1993年10月・・・株式を大坂証券取引所市場第二部に上場。
  • 1994年7月・・・本社を現在の大阪市中央区内平野町の自社ビルに移転。
  • 1996年3月・・・PlayStation用ソフト「バイオハザード」を発売。記録的なロングセラーを達成する。
  • 2000年10月・・・株式を東京証券取引所市場第一部に上場。
  • 2002年3月・・・ハリウッド映画「バイオハザード」が公開。全世界で1億200万米ドルの興行収入を達成する。
  • 2004年3月・・・PlayStation2用ソフトとして「モンスターハンター」を発売。第8回CESA GAME AWARDSにおいて最優秀賞を受賞。その後シリーズ化され、大ヒットとなる。

コラボレーション

カプコンは分野を問わず他社とコラボレーションすることでも知られています。例えば、マーヴルヒーローとカプコンのキャラクターの競演を実現した「マーヴル VS. カプコン」シリーズや、格闘ゲームの分野でカプコンと双璧をなしたSNKのキャラクターと自社キャラクターを競演させた「CAPCOM VS. SNK」シリーズ、ナムコの各種ゲームのキャラクターと自社キャラクターが競演する「NAMCO × CAPCOM」など多数のコラボレーション作品があります。これ以外にも任天堂のゲームにセガ、ナムコなどと共にゲストキャラクターが出演するなどしています。ゲームだけでなく、かつてはサッカー・Jリーグのセレッソ大阪のユニフォームスポンサーも務めていました。また、1990年代前半には、カプコンレーシングチームとして、F3000にも出場していました。1996年にはテレビ特撮ドラマ「七星闘神ガイファード」を東宝と共同で製作しています。このドラマには番組スポンサーとしても名を連ね、2年後の1998年にはゲームソフトも発売しました。2006年には、テレビ特撮「魔弾戦記リュウケンドー」のスポンサーとなり、絵本を出版しました。このようにカプコンはゲーム業界に限らず様々な分野で活躍しています。

大阪市中央区は企業の街